2012年05月07日 23:54
散歩をしていて見つけた白詰草は
やや盛りを過ぎていたものの、野のそこここに
群れなして咲いていました。
れんげ草同様に懐かしさを誘われます。

そういえば白詰草ってクローバーの事じゃん! と思って
軽く動揺する(何故に)程度にはフレプリ好き。
(大好きって言っとけよ‥‥)
なんて言ってる足元をよく見ると、

シジミチョウが。
ギリギリまでお邪魔して接写。

(小学生の頃、農閑期の田んぼで友達とよく遊んだけれど
いまじゃそういうのは出来ないのかな)
● ● ●
花とか、虫とか
牧歌的なものと残酷なもの、両極端な意味合いでもっての
僕らにとっての「遊び仲間」だったわけですが、
今でも、ちょっと車を降りてみて注意しながら歩いてみると
昔と変わらない佇いでもって、そこにいます。




僕はその事に何か意味を見出したいのかな?
そうじゃない気が、する。
● ● ●
曇天の日でいまいち光が冴えない感じだったので、
好天の日にもう一度、歩きに行きました。


驚くほど静かな湿地帯で、光を浴びながら鳥の声を聴いていると
(ちゃんと聴いていると本当に会話しているんだよね!)
足からするすると根が生えてくるんじゃないか? と思うほど
心地よく、でも
それは出来ないことだと、心のどこかで醒めている。

それでも、どうにも物憂く
生きていくしかないのなら
あそこに立っている木になりたいと
駄々っ子のようにまたも思ってしまう、
自分の心の中の、良くない兆候と
燦々と降り注ぐ陽光が
ぼんやりと引っ張り合いをしている。
れんげ畑を探そう と思った。
この陽光の中で、こないだよりも思い出に近い、
そんなれんげ畑を。
堂々巡りの一人相撲を蹴飛ばしてくれる、
そんなれんげ畑を。
そうしたら、
ありました。
色も、
光も、
そのまんま、
いま、ここに。


ハレーション写り込んでしまったけど、
いい感じで撮れました。
どうよノスタルジアにどれだけ近い?
(でも柔らかな午後の陽光は、行き先を間違えないよ)




























































